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千葉地方裁判所 昭和61年(ワ)183号 判決

原告

平田諭

ほか二名

被告

井上義春

ほか一一名

主文

一  被告井上義春、同井上正子は、各自、原告平田諭、同平田衛に対し、各金五三七万一三六一円、原告平田美代子に対し、金一一五四万二七二二円、及びそれぞれ右各金員に対する昭和六〇年六月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用の六分の一と被告井上義春、同井上正子に生じた費用を同被告らの負担とし、原告らに生じたその余の費用とその余の被告らに生じた費用を原告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告平田諭(以下「原告諭」という)、同平田衛(以下「原告衛」という。)に対し、各金五三七万一三六一円、原告平田美代子(以下「原告美代子」という)に対し、金一一五四万二七二二円、及びそれぞれ右各金員に対する昭和六〇年六月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告井上義春(以下「被告義春」という)、同井上正子は、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

三  その余の被告らの請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

訴外亡平田達一(以下「亡達一」という)は、昭和六〇年六月一〇日午前〇時四五分頃、タクシー業務として普通乗用自動車を運転し、江戸川区中葛西五丁目四二番先の交差点を青色信号に従つて進行中、右方道路から進入してきた被告義春が運転する普通乗用自動車(以下「本件加害車両」という)に激突され、死亡した(以下「本件事故」という)。

2  責任

(一) (運転者)

被告義春は、飲酒運転のうえ、時速約一〇〇キロメートルの高速度で、赤色信号を無視して、本件加害車両を前記交差点に進入させた重大な過失により本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づく責任がある。

(二) (運行供用者)

被告井上正子は、本件加害車両の所有者であるから、運行供用者として、自動車損害賠償保障法三条に基づく責任がある。

(三) (同乗者ら)

(1) 被告井部勝(以下「被告勝」という)、同佐藤和良(以下「被告和良」という)、同高野数馬(以下「被告数馬」という)及び本件事故により死亡した訴外亡栗田武夫(以下「亡武夫」という)ら(以下右四名を「本件同乗者ら」という)は、いずれも本件事故前日に横浜市内で被告義春が主催したパーテイに参加した者であつて、右パーテイで飲酒のうえ、被告義春と本件同乗者らは、本件加害車両に同乗し、これを交互に運転し、交通法規を無視する危険な走行を一体となつて楽しんでいたものであり、本件同乗者らは、共同不法行為者として、民法七〇九条、同法七一九条に基づく責任を負う。

(2) 被告義春は、飲酒のうえで本件加害車両を運転して走行中、検問に会つたため、飲酒運転の発覚を恐れ、警察官の停止指示を無視して逃走し、その後、時速約一〇〇キロメートルの高速度でしかも信号を無視するという極めて無謀かつ危険な走行をして本件事故現場に至つた。かかる場合、そのまま放置すれば、交通事故を惹起して他人に損害を加えるかもしれない蓋然性が極めて高いのであるから、同乗者たる者は、直ちに右無謀かつ危険な運転を制止すべき義務を負うにもかかわらず、本件同乗者らはいずれもこれを怠つて本件事故を発生させたものであり、共同不法行為者として民法七〇九条、同法七一九条に基づく責任を負う。

(四) (同乗者らの親権者ら)

本件同乗者らは、本件事故当時いずれも未成年であつたところ、被告井部勘次郎、同井部順子は同勝の、同佐藤富昭と同佐藤映子は同和良の、同栗田貞夫と同栗田君江は亡武夫の、同高野ふさ子は同数馬の、それぞれ親権者(以下「本件親権者ら」という)であつたものであるが、本件親権者らは、本件同乗者らが自動車の無謀運転に関与し交通事故を発生させて他人に損害を与えることのないよう監督すべき義務があるのにこれを怠り、もつて本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づいて責任を負う。

3  損害

(一) (逸失利益)

亡達一は、本件事故当時、三七歳の健康な男子であり、江戸川自動車交通株式会社のタクシー乗務員として働き、年収は金四三五万二〇〇〇円であつたから、その逸失利益は、右年収から生活費として三割五分を控除したものに、三七歳の者の就労可能年数三〇年のライプニツツ係数一五・三七二四を乗じて得た金四三四八万五四四五円である。

(二) (慰謝料)

亡達一は、妻と二人の幼児がいる四人家族の支柱であつた。そのことと、本件事故の態様を合せ考慮すれば、その精神的苦痛に対する慰謝料としては、金二一〇〇万円が相当である。

(三) (原告らの相続)

亡達一の死亡により、同人の子である原告諭と同衛が各四分の一、妻である同美代子が二分の一の各割合で、亡達一の地位を相続した。

(四) (葬祭費)

原告美代子は、亡達一の葬祭費として、金八〇万円を支出した。

(五) (弁護士費用)

原告らは、本訴の弁護士費用として、原告諭と同衛が各金五〇万円、同美代子が金一〇〇万円の支払を約した。

4  損害の填補

本件事故に基づく損害賠償債務として、自動車損害賠償責任保険と任意保険から、原告諭と同衛が各金一一二五万円、同美代子が金二二五〇万円の各支払を受けた。

5  結論

よつて、原告らは、被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求として、原告諭と同衛は、各金五三七万一三六一円、原告美代子は、金一一五四万二七二二円、並びに右各金員に対する本件事故日である昭和六〇年六月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損割金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(但し、被告義春、同井上正子を除く)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、(三)の(1)、(2)は否認し、(四)のうち、被告らの身分関係は認め、その余は否認する。

3  同3及び4の各事実は不知。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  被告義春と同井上正子は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

第二  その余の被告らに対する請求について

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因2の(三)の本件同乗者らの責任について判断する。

1  いずれも成立に争いのない甲第三号証の一ないし七(但し、甲第三号証の三は、措信できない部分を除く)、同第三号証の九、乙第一、第二号証、被告義春、同勝、同和良、同数馬の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、この認定に反する甲第三号証の三の記載部分は、右各証拠に照らしてにわかに措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

すなわち、本件事故発生の前日である昭和六〇年六月九日午後六時三〇分頃、被告義春の主催するパーテイが横浜市内で開かれ、都立水元高校の卒業生を中心とする男女各一二、三名位ずつが集つた。右パーテイでは、被告義春が司会・進行を務め、自己紹介、プレゼント交換等をした後、自由に飲食・雑談をして午後一〇時三〇分頃終了した。

ところで、右パーテイでは、帰路運転する者は、ごく少量しかアルコール類を飲んではいけないことになつていたところ、被告勝は、被告義春から帰路本件加害車両を運転するように言われたため、また、被告勝自身もアルコール類が好きでなかつたため、三五〇cc入りのビールを約半分位と、薄い水割りウイスキーをコツプ半分位飲んだだけで、後はジユースにしたため、酔うには至らなかつた。一方、被告数馬は、帰路運転しないことになつたため、深酒をし、相当に酔つてしまつた。被告義春もかなり飲酒したが、酔いの程度は浅かつた。

パーテイ終了後、後かたづけをし、記念撮影等をし、七台の車に分乗して帰途に着くことになつたが、出発前に本件加害車両がパンクしていたことがわかり、被告義春がタイヤ交換をし、結局翌六月一〇日午前〇時頃出発した。本件加害車両は、被告勝が運転し、助手席に亡武夫、後部座席には右から被告数馬、同和良、同義春が乗車して出発した。しかし、被告義春が途中で忘れ物をしていたことに気づき、本件加害車両は一たん店に引き返したため、先行車に遅れてしまつた。そのため、被告義春は同勝に対し「早く行かないと追いつかない。飛ばせ。」等と言つていたが、同人は、同年四月に運転免許を取得したばかりで、運転経験も四・五回しかなかつたため、恐しくてスピードを上げることはできず、助手席の亡武夫も「恐かつたら飛ばさないでもいいよ。」と言つてくれたため、特にスピードを上げることはしなかつた。しかし、早く先行車に追いつきたいと思つた被告義春は、東京湾トンネルを出た当りで、被告勝に対し、道路右側に停止するように指示し、「俺が運転するから代われ。」と申向けた。被告勝としては、同義春がパーテイでかなり飲酒していたことはわかつていたものの、本件加害車両が被告義春のものであつたこと(厳密には同人の母の被告井上正子の所有)、被告義春が早く先行車に追いつきたいとあせつているようであつたこと、被告勝自身の運転技量が前示のとおり未熟であつたこと、被告義春は同学年ではあつたが、被告勝より二歳も年上で逆いにくい雰囲気をもつていたこと等のため、運転を交替することにした。その際、被告義春は、口調もしつかりし、フラつくこともなく、外見上は酔つているようには見えなかつた。また、被告和良は亡武夫に対し「井上君はお酒飲んでるけど運転して大丈夫なの?」と尋ねたが、亡武夫は「心配ない。いつも大丈夫だから。」と答えた。運転交替後、後部座席の位置は、右から被告和良、同数馬、同勝となつた。

被告義春の運転は、被告勝のそれよりもスピードを上げたが、特に乱暴ということはなく、ごく普通の運転であつた。被告勝は、運転を同義春に交替していからは、緊張から開放され、疲れが出てウトウトしだした。また、被告数馬は、前示のように相当酔つていたので、出発間もなくからウトウトしだし、運転が被告義春に交替したことも全く覚えておらず、本件事故後の入院先で、被告勝が運転していた、とうわ言を言う状況であつた。

ところで、本件加害車両は、葛西ランプで湾岸高速道路を出て間もなくの前同日午前〇時四四分頃、交通取締中の検問に遭遇した。被告義春は、警察官の指示に従い一たん停止しかかつたが、飲酒運転の発覚を恐れ、突如急発進して検問を突破し、追尾のパトカーを振切るため、時速一〇〇キロメートルを優に超える猛スピードで何か所かの交差点を赤信号を無視して走行して逃走した。その間、被告和良は、一部始終を目撃したが、これからどうなるのだろうという不安と緊張のため恐しくて言葉が出なかつた。被告義春の検問突破とその後の逃走は、同人が独自の判断でとつさに行つたものであつて、同乗者の誰かが「逃げろ。」とか「飛ばせ。」とか言つたものでは全くなく、殊に、被告勝と同数馬は、ウトウトしていたため、右の異常事態に全く気づかなかつた。亡武夫がどのような状態にあつたかを認めるに足りる証拠はない。そして、右逃走中の同日午前〇時四五分頃本件事故が発生した。

2  以上の事実が認められるが、右認定事実以上に出て、請求原因2(三)(1)記載のような、本件同乗者らが、交通法規を無視する危険な運転を交互にして、被告義春と一体となつてこれを楽しんでいたとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

3  また、請求原因2(三)(2)について検討するに、前認定の事実によれば、被告義春が時速一〇〇キロメートルを超える猛スピードで赤信号を無視して走行するという無謀かつ危険な運転を開始したのは、本件事故直前一、二分前に検問を突破してからであり、この間のできことがほんの一瞬に近い間のことであるうえ、右の時点では、被告勝、同数馬はウトウトしていて右の事態に気づいておらず、被告和良は気づいていたが不安と緊張感のあまり恐しくて声も出せない状況であり、亡武夫がどのような状態にあつたかはこれを認めるに足りる証拠がないのであるから、結局、本件同乗者らのいずれについても被告義春の行為を制止すべき義務を怠つた責任がある、とするのは困難である。

4  以上のとおりであるから、請求原因2(三)記載の本件同乗者らの責任を認めることはできない。

三  請求原因2(四)の、本件同乗者らと本件親権者らとの身分関係は当事者間に争いがない。

しかし、本件親権者らの責任は、その前提となる本件同乗者らの責任を認めることができないのであるから、これを認める余地がない。

第三  結論

以上によれば、原告らの、被告義春、同井上正子に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容し、その余の被告らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由のないことが明らかであるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

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